今回は登山における危機管理の重要性をお伝えします。他の記事でも述べた通り、山の中では貨幣経済や生活インフラといったものがほとんど期待できません。
自己責任のもとで、一時的なサバイバル生活を送る覚悟が必要です。
しかし多くの場合は登山道や順路があるので道をたどって引き返すこともできますし、山小屋のように休憩や食事を取れるスポットもあるかもしれません。
論調としては一見矛盾するようですが、ここでお伝えしたいのは登山の前にはもちろん十分な準備が必要である一方、現地入りした後は状況に応じて冷静かつ柔軟な判断が重要だということです。
場合によっては登山を中止することも必要でしょう。せっかく準備したのだから心ゆくまで山を満喫したい、というような気持ちが強すぎると、思わぬしっぺ返しがあるかもしれません。
以上を踏まえ、まずは危機管理と状況判断のポイントをいくつかご紹介します。
悪天候の際は無理をしない
山麓が悪天候の場合、山中はさらに甚だしいと考えるべきです。回復するかもしれない、などと楽観視するのは危険です。
仮に台風や濃霧、土砂崩れが起きた場合、全く身動きが取れなくなる可能性があります。
このような場合は入山する前であれば登山自体を中止するか、登山中であれば下山するという判断を下してもよいでしょう。「せっかくこの日のために準備したのに」という気持ちが湧くのは無理もありません。
しかしその上で安全を優先し、中止や下山の決断をするのは非常に勇気の要ることで、責任感のある行動です。決して恥じる必要はありません。
体調不良時には無理をしない
悪天候と同様に、体調が優れない場合は登山の決行を見合わせるべきです。「歩いていれば体のエンジンがかかってきて元気になるはず」とか「気合でどうにかなる」といったような、非科学的で希望的な観測は非常に危険です。
もしも山中で発熱したり、行き倒れてしまった場合は致命的な状況に陥ります。
たとえ常備薬を携帯していても、服用や施術ができないままダウンしてしまう可能性もあるのです。
運良く医師が通りかかるという可能性は極めて低いですし、そんなことがあったとしてもその場で施術できる手立ては限られます。
自身の体を守るためにも、無理を押してまで登山をする必要はありません。
単独行動の場合は特に慎重に
ここまで述べたようなリスクは、とりわけ単独行動の場合に重くのしかかります。
グループ行動の場合は仲間の助けも期待できますし、遭難の際もチームワークによって生還できる可能性は高いでしょう。そういったサポートを期待できない状況を覚悟しなければなりません。
最も恐ろしいシナリオが悪天候+体調不良で行き倒れるというもので、天候不良時には他に登山客が全くいないという状況が起こり得ます。
こうなると真っ当な登山道を歩いていたとしても、行き倒れてしまえば発見されるのが相当遅れることになります。
また、天候・体調とも良好な場合であっても、滑落・転落やケガのリスクは常に潜んでいます。軽いケガ程度で済むこともあるでしょうか、もしも深刻に遭難してしまった場合、遭難届を出そうにもその事実を知る人が周囲にいないという状況に陥ります。さらにエマージェンシーグッズがない場合は絶望的です。
リスクや危険性を考えず、また周到な準備を整えることなく単独行動することは身を滅ぼす可能性があるということを十分認識しておきましょう。
まとめ
以前レインウェアの記事で述べたように、中上級者の絶対条件として危機管理能力というものが挙げられます。危険察知、リスク回避の能力なくして上級者には決してなり得ません。
冬山登山などの難業に挑んでいる人は一見すると無茶をしているように見えますが、これも実は十分な経験と綿密な対策に裏打ちされた計算高い行動なのです。
危機管理の考え方は登山に限らず、日常生活の中にも存在します。
あらゆる仕事や職種、職務において優れた才能を発揮する人は必ず危機管理に長けています。危機管理は一般企業の管理職や経営者に限らず、芸術家、調理師、医師など全ての仕事において通用する、思考法における共通の真理というべきものです。
危機管理の思考法は仕事も登山も同じです。ミスや失敗を避け、もしくは予防し、勝率を限りなく高め、やむなくダメージが発生する場合は損害を最小限に留める必要があるのです。
そしてセーフティネットが心許ない山の中だからこそ、よりいっそう危機管理が重要になってくるといえるでしょう。